2011年7月20日水曜日

インタラクティブ広告領域の受賞企画を見て感じた、「クラフト」としての広告の価値


3連休と有給を利用して、過去のインタラクティブ広告領域の受賞企画を
ぶっ通しで見て感じた事を書き落としてみたいと思います。
誤解を恐れずに言えば、クラフトとしての広告の価値
考え直したいって思いました。

広告って戦略的に論理を積み上げて完成させる事も重要だと思います。
多分それで負け戦をする事は少なくなるんだと思います。
でも、それだけだと「やっちゃった感」というか、
理屈抜きの単純な面白さに欠けるのかもって感じました。


賛否両論だと思いますが、広告は結局ユーザーの評価を得たもん勝ちで、
企画としての整合性だったり、戦略性は
業界内の内輪で、後から盛大に盛り上がればいいと思います。

(もちろん、その議論によって成功のエッセンスを抽出し、
生かすことはとっても重要だと思います)
そういう点では、クラフトとしての広告について考えた方がいいんじゃないかなって。



もちろんクラフトとしてっていうのは、広告の商業としての役割を果たすっていう
大前提があっての話だと思います。そして、やらかしちゃった感っていうのは、
戦略とか理論を理解している人が、
理屈を超越した無邪気さから産まれるものなのかもって思います。



だから戦略なんていうのは、その人達、作り手の人の無邪気さを
束縛するものじゃいけなくて、
寧ろ後押しするためのもの
でなきゃいけないんじゃないかって。


その点、自分はスッゴい反省をしなきゃいけなくて、

そういう作り手の人をもっと尊敬しなきゃって思いました。
なぜなら「無邪気さ」は、作り手の方しか生み出せないものだから。
なのに、自分がやってた事って真逆で、
こうあるべき、これはNGという事を押し付けていた気がします。

反省。反省。以上自戒エントリーでした。

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